いよいよ休暇シーズンがスタート。街やモールはクリスマス一色、サンクスギビング翌日から始まったショッピングシーズンもいよいよこの週末にピークを迎えます。US31、I-459、US280沿いのモールエリアはかなり混み合いますので、この週末は不用意に近づかない方が賢明かもしれません。
私たちが年賀状で新年の挨拶をかわすように、当地ではクリスマス時期にカードを贈る習慣があることはよく知られています。学校で習った決まり文句は「Merry Christmas and a Happy New Year」。しかし、会社や家に届くカードを見ていますと「Merry Christmas」という言葉はほとんど見かけません。そのかわり、例えば「Best Wishes for a Happy Holiday Season」とか「Wishing you a beautiful Holiday Season」といった言葉が並んでいます。カード自体も「Christmas Card」のかわりに「Holiday Card」「Season's Greetings Card」を使ったりします。
日本人の宗教上の「柔軟性」はしばしば指摘されることの一つです。クリスマスは教会にでかけ正月には神社に初詣、教会で結婚式をし子供が生まれればお宮参りに七五三、そして法事や葬式ではお寺の坊主がお経を唱える、といった具合です。ですから、信ずる宗教にかかわりなく「Merry Christmas」と書かれたカードを出すことも受け取ることも、さほど抵抗を感じません。クリスマスケーキなのに「Merry Christmas」と書かれた飾りがないものは、日本ではほとんど売れないでしょう。
しかし、おそらくこのような柔軟性をもつ民族は世界ではむしろ少数派で、大多数は熱心にひとつの宗教的立場を貫いている人々。そして、民族の「るつぼ」と形容されるアメリカですから、この社会には多種多様な信仰をもつ人々が暮らしています。従って、本来はクリスチャンのお祝いであるクリスマスにだけコミットするような「Merry Christmas」を避けて、宗教的に中立な言い回しである「Holiday Season」という言葉が好まれるようになったという訳です。
このように、特定の価値観を前提とした表現は避けよう、できるだけ価値観に中立な言葉で表現しようとする動きは、80年代以降のアメリカで強く意識されてきました。Politically Correctと呼ばれるこれらの表現は、日本でも最近「看護婦」が「看護士」にかわったように、職業に関する性の固定観念を排除することからはじまり、歴史的に差別や偏見があった領域を中心に広がっていきます。職業に関する表現では、stewardess→flight attendance、policeman→police officer、salesman→sales person、fireman→fire fighterなどがあり、これらは今ではすっかり定着しています。また、handicapped→physically challenged、old→senior/mature、Black→African American、Indian→Native Americanのように、差別や偏見の歴史を背景にもつ言葉の言いかえも進みました。
「Politically Correct」は、多様な価値観が交錯するアメリカを支える「平等」「公正」の理念を具現化してゆく手段のひとつとして、「手あか」のついた言葉を捨て、偏見や先入観のない表現、中立的な表現を用いる運動として広く定着していきました。しかし時がたつにつれ次第にエスカレートし、本来の意味が伝わらない婉曲な言い回しや、滑稽と思える言い方まで登場します。例えば牛乳の「milk」。これを「stolen nonhuman-animal product」(人間以外の動物から盗んだ生産物)と聞いても何だかピンときません。そして今ではPolitically Correctはしばしば皮肉を込めたジョークのネタにされ、「Politically Incorrect」というTV番組まで登場して、言いたいことをストレートに言い合うことでかえって視聴者の支持を集める、、、という逆説的な状況も生まれています。
もちろん「Politically Correct」の行き過ぎに対する批判があるとはいえ、明らかに差別用語・侮蔑用語と考えられている言葉は今もご法度です。会社でそのような言葉を使えば即刻解雇、学生なら放校されるに違いありません。そこでは日本語だから、日本人の会話だからという言い訳は許されません。
ともあれ、クリスチャンが支配的な国であるここアメリカで「Merry Christmas」が遠慮がちに使われ、反対にクリスチャンは少数派の日本では街中どこも「Merry Christmas」が溢れている、、、考えてみるとちょっと不思議です。あらためてアメリカ社会のDiversity(多様性)について、あるいは宗教観や信仰について考えさせられますが、これはちょっと手ごわいテーマですので別の機会に譲ることにしましょう。
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